多様性を認めて個性の平均化を防ごう

近年、「多様性」という言葉がよく聞かれます。「ダイバーシティ(diversity)」という英語も耳にすることがあります。情報や人々の動きが活発になる中で、様々な出会いがあるものです。

性別や年齢(世代とも言えるでしょう)、性別、出身地、考え方、能力などの違いを認めて、寛容な視点で行動することが、現代をスムーズに生きていく方法ではないかと思います。

「多様性がある」ということは「個性を認め合う」ことでもあるでしょう。

しかし残念なことに、尺度や基準をその人自身に強く置きすぎて、その人より優れた点があれば悲観につながり、逆に劣っているとなれば見下してしまうという方もあるように思います。

更にエスカレートして、自分自身に合わない方を排除しようとしたり、無理やり従わせたりしようとする方もあります。これまた近年よく言われる「マウンティング」もそのひとつではないでしょうか。

ある集団の中で、同じ考えの方ばかりが集まれば、確かに物事の動きはスムーズになるかも知れません。しかし、それは同時に多様性を封じ込めることになり、個性が平均化される事態ともなるのです。

個性の平均化…とても怖いことだと思いませんか?

様々な意見や考え方があって、それを議論し熟成させながら1つの社会(共同体)を作り上げるというやり方が、それぞれの方が足並みを揃えやすく、誰もが気持ち良く過ごせるのではないでしょうか。

勿論、議論をするということは合わない意見も出るでしょう。我慢や妥協もあるかも知れません。しかし、それらを突っぱねたり、逆に自らを過度に抑えつけたりというのは感心しません。

何かを話し合って決める際には、そこも含めた議論が必要であるとも言えるでしょう。それぞれを理解し合うことが大切です。もし、そんな中で辛さを感じる場合には、助けを求めても構いません。

かつて、金子みすゞの著書にこのような名文がありました。「みんなちがってみんないい」…何かと攻撃的な世の中になっているからこそ、大切にしたい考え方です。