「右にならえ」の世界は時に恐ろしいことを引き起こす

先日、あるテレビ番組で、とても興味深い実験の様子が放送されました。実験は劇場の中で行われました。

劇場には100人の観客が座っており、そのうち80人にはスタッフから事前に指示が出ていました。残りの20人は何も知らされていません。

そんな中、劇場内にサイレンが鳴り、ただちに避難するようにと放送が流れました。20人の中にはオロオロする様子の方もありましたが、誰も目立った動きをしないためにそのまま座ったままでした。

その間もずっと避難誘導の放送が流れていたにも関わらず、いっこうに避難する様子はありません。放送から10分後、事前の指示があった80人のうちの1人が席を立って避難し始めると、残り79人も急いで避難を始めました。

その様子を見た何の指示も受けていない20人は「これは危ない」と踏んだのか、後を追うように避難を始めました。結局、1人を除いて全員が劇場の外に出たのです。

その後、テレビスタッフから事情を伝えられた20人の中からは「避難した方が良いと思ったけど、誰も動かなかったからそのまま待った」などといった声が挙がったのです。

今回は実験だったため事なきを得たと言えますが、実際に危機が迫った状況でこのようなことが起きたらどうなるでしょうか? 助かるはずの命が助からないことも十分に予測出来ますよね。

人間は「同調」の意識が働きやすいと言われています。「同調」とは「みんなと同じでいること」「みんなと意見を合わせること」と解釈出来ます。ここでの実験では「同調」が悪い方向に出ていたことになります。

正しい意見や考え方に合わせることは問題ありません。しかし、明らかに正しくないことに合わせてしまうのは考えものです。

今回の実験では「避難した方が良いと思ったけど…」と意見を引っ込めるのではなく、勇気を出して避難行動に出ることが大事だったのです。反発があったとしても、率先して避難することは決して間違っていません。

現代社会は「同調」が特に強い時代なのかも知れません。短絡的な「右にならえ」で物事に対応していくのは、和を乱さなくて良いようにも感じますが、誤った方向に進んだ時には取り返しがつかなくなってしまいます。

その「抑制」や「排除」は本当に正しいものでしょうか? 何かおかしいと感じることがあった際に「これはおかしい」と言える勇気と、じっくりと広い心で物事を考えて意見を出し合える環境が必要ではないでしょうか?

「同調」は時に人を苦しめる…今回の実験を通じて見事に証明されたように思います。