例外があるからこそ、目の前とその先に集中して現実に導こう


近年「思考は現実化する」といった表現を見聞きする機会が多くなっています。「試験に受かると思っていたら本当に合格した」とか「転ぶかもしれないと思っていたら本当に転んだ」などといった経験をされた方も多いのではないでしょうか。

しかし、そこに「100%例外なく」といった言葉が付くと、大きな疑問が生じます。本当に例外はないのでしょうか?


それを考えさせられる一例が「オリンピック(五輪)」をはじめとした国際的なスポーツ競技大会です。「あの選手は日本代表になる」「あの選手は金メダルを確実に獲る」と周囲が思っていても、日本代表や金メダルを逃すケースは多くあります。

そもそも、そのような競技大会を目指したり、実際に出たりする選手の多くは「私は日本代表になる」「私は金メダルを確実に獲る」などと信じて、日々の鍛錬に励んでいるでしょう。

中には「代表に選ばれて金メダルを獲れるなんて夢にも思わなかった」などと話す方もあるでしょうが、高い目標を持っている方は多いですし、周囲もつい大きく期待をかけてしまいます。

これは何も日本に限らず、海外でも同じではないでしょうか。

そこで「100%例外なく」を実現させるとなれば、出場枠を取り払わなければならない上に、金メダルを大会に出場した全員にバラ撒かないといけないでしょう。大会の根幹を崩すことになります。


「100%例外なく」が通用しない世界と言えば「選挙」もそうですね。内閣総理大臣や都道府県知事、市区町村長といった職には、それぞれ1人しか就けません。議会選挙にも定数があります。


立候補者が定数以下で無投票当選にならない限り、必ず「落選者」が出ます。「票を割りたい」「名前を売りたい」など、当落に関係無く立候補する方もありますが、大抵の場合は「私は絶対に当選する」と躍起になり、活動を進めます。

「100%例外なく」であれば、「私は絶対に当選する」と信じて活動すれば、どんな状況であっても落選者は出ませんよね。こちらも定数の枠を取り払って当選証書をバラ撒くことになるのでしょうか。

「100%例外なく」思考が現実化するのであれば、「思考が例外なく現実化するという説を覆す」という思考も現実化しないといけません。そこを否定することになれば、「100%例外なく」と断言する意味はありません。

冒頭にもあるように、こうなってしまうのでは?と思って実際にその通りになるケースは見られます。しかし「100%例外なく」と言い切るのには無理があります。

そもそも、何かを考えているだけで現実化するというものではありませんし、現実化するための努力も必要です。目の前やその先を見据えて努力や活動をすることが大事ではないでしょうか。

そして何より「現実化させたいもの自体」が正しいかどうかも考えて行動に移しましょう。そこで行き詰ったり、失敗をしてしまったりした時に「よりどころ」になる場所も大事ですね。