話を「聴く」という復興支援

2018年7月5日から8日にかけて、西日本を中心に発生した豪雨災害により多くの尊い命が失われたことに、深く哀悼の意を申し上げます。また、被災されている皆様、ならびに、大切な方を失った皆様に心よりお見舞い申し上げます。

私自身も広島県出身で、そこには家族や友人、お世話になった方が多く暮らしています。実家周辺では主要道路が寸断され「陸の孤島」になりました。また、本日(2018年7月17日)現在、断水が解消されていない地域に暮らす友人も居ます(その後、無事復旧したと連絡がありました)。

大きな被害は無かったものの、連絡が取れた友人は全員、物流や交通の難を訴えています。

今すぐにでも現地に飛んで土砂や「災害ゴミ(本当はゴミでは無いだろうけど使えなくなってしまった物も含む)」の片付けを手伝ったり、物資を送ったりしたいというのが本音ですが、現実は中々上手くいかないものです。

TVや新聞などで報じられる状況を見るにつけ、私自身も随分と無力なものだと責めることもありました。


さて、「復興支援」の方法を考えた時、現地にボランティアに行ったり、物資や義援金で援助をしたりといったことが即座に思いつくでしょう。しかし、今回の災害で家族や友人とやり取りをする中で「話を聴く」ことも重要な支援だと思えてきたのです。

連絡手段があるという大前提はありますが、電話やEメール、SNSを利用して被災地の声を聴くことで、相手の心を落ち着かせたり、一人ではないと意識づけたりすることが出来るのです。

今回のように孤立状態が発生した場合、周囲は全員「被災者」ということも往々にしてあります。勿論、同じ境遇にあるもの同士で痛みを分かち合うことも重要ですが、そのような中で発生した困りごとや不満、愚痴などは意外と話しづらかったりするものです。

それを受け止める相手が居るというのは、被災者にとって心強く感じられるように思います。そこでの信頼関係を強固にしていけば、心的な復興がより近づいてくるのではないでしょうか。

家族や友人とやり取りをする中で、こちらから何を尋ねるでもなく現状を細かく知らせてくれたり、豪雨災害以外のニュースを知りたいと聞いてきたり、「とにかく愚痴をこぼさせて」と話してきたり…などといったことが、今も起きています。

閉鎖的な状況に少しでも光を差し込めただろうか?と思いながら、私自身は多くを語らず「傾聴」に徹することもあるのです。会話の終わりに相手から「ありがとう」の言葉が来た時、私自身も少しはお役に立てたのかな?と考えるのです。


被災した誰かの話を聴くことが直接の物資や義援金になる訳ではありません。しかし、これからを生きる上で「心」は大事になってきます。話す側は必要以上に抱え込まないこと。聴く側はとにかく聞き役に徹すること。双方ともに「会話をすること」に意識を向けたいものです。